万年筆倉庫 - 蒔絵万年筆 -

始めは1本の万年筆でしたが15年たった今、気が付けば1万本以上のコレクションになりました。 ただ書くための道具ではなく、美術工芸品としても価値がある蒔絵万年筆の事を知ってもらいたい。

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戦前のセーラー万年筆

セーラー 箱

セーラー1   セーラー2

戦前のセーラー万年筆である。
発売当時の値札、物品税60銭を含め、3円60銭が巻かれており古さを物語っています。
未使用なため、本体はエボナイト材で造られていますが、全く色あせもない状態で保管されていました。


■この万年筆が販売された時期を時代背景から推察しよう。
昭和13年3月の「支那事変特別税法」の施行により、小売段階での10%課税が実施され、15年には、「物品税法」へ同じ税率が引き継がれ、16年に20%、18年に30%、19年には40%に順次引き上げられた。
この物品税法は戦後の昭和24年まで継続され、21年からは製造への課税となり40%、22年?24年は30%となり、24年12月の同法改正で税率0%、25年1月1日付で物品税撤廃となった。
値札に「20% 税 .60」と印刷されている。
上記の説明から、この商品は昭和16年?17年の間に売られていたことになる。
セーラー万年筆は1945(昭和20年)広島県呉市浜田町にあった工場が戦災により焼失することとなるが、この万年筆はその戦災の4年前に製造されたものである。
箱に説明書が入っているが「株式会社坂田製作所」と印刷されている。


■ここでセーラー万年筆について書いておこう。
セーラー万年筆は1911年(明治44年)2月11日広島県呉市稲荷町で「阪田製作所」として創業した。1932年に「セーラー万年筆阪田製作所」という名で株式会社となり、1960年に現在の社名「セーラー万年筆株式会社」に変更された。
その歴史は1905年(明治38年)創業者阪田久五郎と万年筆の出会いから始まった。
友人がイギリス土産に見せてくれた万年筆に激しい衝撃を受け、「万年筆というものを生まれて初めて見た時の心のときめきは、言葉で言い表せないほどだった」と後に語り、これが原点となり万年筆に生涯を捧げる事になった。
創業当時は、軸だけを作り、輸入されたペン先を取り付けて販売していました。
昭和4年頃、酸性インキに適した金属はどんなものか、研究を重ね試行錯誤の末、金を使用しペン先が二つに割れた金ペンを完成、昭和23年にはプラスチック射出成型で量産された日本の最初の万年筆(当時はエボナイトやセルロイドを使用していた万年筆が主流)、昭和33年には他社では自動吸入器式の開発が盛んだった中、カートリッジ万年筆を発売など数々の開発により現在まで躍進している。

■余談だが、海軍の"水兵"ちにちなんで「セーラー(sailor)」のブランドを使用した。
なおセーラーと並ぶパイロットは、向こうが水兵ならこちらは水先案内人で、ということでパイロット(pilot)のブランドを使用しはじめたと言われています。
始めはあくまでも商品(ブランド)名であった。
つまり、坂田製作所が製造した商品名"セーラー万年筆"であり、並木製作所が製造した商品名"パイロット万年筆"なのである。 その後それぞれの商品名が社名となった。

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